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    <title>河口湖/猿まわし劇場/河口湖</title>
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    <updated>2012-04-30T08:38:31Z</updated>
    <subtitle>河口湖/の観光に、河口湖/猿まわし劇場はいかがですか？ネット限定の割引券（クーポン）で断然お得。</subtitle>
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    <title>第二十六話　夏服と初恋</title>
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    <published>2012-04-30T08:25:56Z</published>
    <updated>2012-04-30T08:38:31Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十六話。更新日：2012年4月30日</summary>
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        <category term="チョロ松物語" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[　1976年9月30日、小学校５年の秋の話です。翌日からは衣替えで夏服から冬服に変わる。その日の下校中、いつも一緒に帰っていた隣村の友人Yくんに私はある提案をした。「先生に夏服のままで誰が冬を越せるか競争せいと言われたいや。おいY！このまま夏の制服で通わんか。どっちが寒さに耐えて頑張れるか勝負せんか」と。Yくんは迷うことなく「おお、ええど」と簡単に了解してくれた。今、考えると寒さをこらえてそこまでやる必要があったのかと思うけど、実のことを言うと冬服がパンパンになり着れなくなったからで買ってもらうのも悪いと思ったからだった。当時、少年野球に没頭していて練習も熱心にしたがその分食欲も旺盛で夕食には丼飯を軽く2杯は食べていた。多分、野球の練習以上にご飯を食べていたため肥満児になってしまった。<br /><br />

　冬でも夏服で通すというチャレンジ、友人を巻き込んで始めたが、温暖な瀬戸内の地方なのにそんな年に限って雪が降り0度をきるような厳しさが続いた。友人Yくんも私も脱落することなく二人だけが春を迎えた。しかし、先輩達の卒業式をひかえた前日に事件は起きる。卒業式の予行練習中に先生とPTAの方たちが騒々しく話をしていて、しばらくすると私と友人Yくんが呼び出された。ある父兄の方から「君たちは何故半袖なのか。全校生徒の中で白いYシャツが目立ち不自然だから明日の卒業式は上着を着てきなさい。」と指導された。私と友人は悩んだ。はじめは自分が着る冬服がないことから始めたことだし、他人からするとどっちでもいい事かもしれなかったが辛い時に続けてきたことなのでどうしても譲ることが出来なかった。子供心に悩んだ。家に帰って親父に相談すると、何時間かして「明日も今まで通り半袖半パンで行ってええけえの」と笑顔で答えてくれた。内情はよくわからないが学校やPTAの皆さんを説得してくれたみたいだった。6年生の冬も半袖半パンで登校し、小学校卒業まで夏服を続けることができた。親父はこの時のことを振り返り「女か男かわからない。食べる時だけ目が光る義則を鍛えてくれたチャレンジ。その乱暴な提案をしてくれた先生の御恩を忘れてはならない。」と話していたそうだ。<br /><br />
 
　決めたことをやりぬいたことで私は勇気と自信を持つことができた。地元の光市立浅江中学校に進み野球部に入部した。少年野球とは違い、今までライバルだった選手も同じ中学校に集まったので100人近い部員数、ベンチに入ることは厳しくなった。逆にその競争が私の闘争心に火をつけた。そしてレギュラーを目指し小学生時代同様勉強には目もくれず野球の練習に励んだ。肥満体型は先輩達のしごきのおかげで鍛えあげられた。<br />
　中学校2年生になり、転校生がやってきた。当時、音楽で夢中になっていたイギリスの「ノーランズ」という姉妹グループの末っ子コリーンに似ていて、女神のような子だった。それまで異性に対して意識をしなかったわけではないが、多分ときめいたのは初めてのことだったと思う。初恋であった。クラスも同じになり、しかも席まで隣になった。1学期の期末試験の上位者が廊下に張り出されるとそこにその子の名前が載っていて驚いた。威張って書けるような話ではないが、私の成績は184 人中最後から数えられる位置だった。単純だがこの初恋が私にその子と同じ学校に進学するという無謀とも思える一大決心をさせた。夏休みになったある日、家に帰り「親父、俺今日から勉強するけえ。できたら地元の光高校へ行って、大学まで行きたいと思うちょる。」と言うと「そうか、頑張れよ！」と嬉しそうに返してくれた。早速その日から三番目の兄貴に勉強を教わることになり、三日ほど私に付き合ってくれたけれど、私のあまりの頭の悪さに呆れて「お前は、本当に馬鹿なんじゃの。俺じゃどうしようもならん。」と一言で見捨てられた。そんな私の状況をみかねて長男が指導を引き受けてくれた。当時、長男は現役の中学校教員であり、夏休み期間中であっても部活の顧問で忙しかったが勉強に付き合ってくれた。私の部活が午前9時から午後3時過ぎまであったので夕方4時から夜中0時まで約8時間ほとんど休まず勉強をした。何度も何度も挫折しかけたが半袖半パンを続けた自信が弱い自分を支えてくれた。夏休みに勉強を始めた時の私のレベルは想像を絶するほど低くて、中学2年生なのに中２レベルの勉強が理解出来ないことがわかった長男は翌日中学１年生の問題集を買ってきてくれた。これがまったく理解出来ない。また翌日小学校6年生のドリルを買ってきてくれた。それも理解できない。また翌日小学5年生のドリルを買ってきてくれたが・・・理解出来ない。また翌日小学校4年生のドリルを買ってきてもらい、そのあたりでようやく理解出来た。長男は難しい問題は出さない。漢字のドリルを10問正解するまで何度も繰り返す。簡単な問題つまり基本ほど大事に習得するまで指導してくれたような気がする。小学校4年生で止まった学力を中学2年生で取り返す猛勉強が昼間の野球部の練習と同じくらい厳しく続いた。私と粘り強く付き合ってくれた長男に感謝している。<br /><br />
 
　初恋の威力は恐るべし。  <br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory26/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>第二十五話　鯖の味噌煮が食べたい</title>
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    <published>2012-03-30T22:17:13Z</published>
    <updated>2012-03-31T09:11:56Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十五話。更新日：2012年3月31日</summary>
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        <![CDATA[　親父が危篤との連絡があって翌日の早朝便でハワイをあとにする。成田空港に到着すると羽田空港までタクシーで移動、広島空港の最終便に乗り換え、広島駅から新幹線で徳山駅へ、その足で病院へ向かい着いたのが23時頃だったか、病室で親父と対面したときにはまだかすかに意識はあった。私に気付いてくれたみたいで、私の顔をじっと見て、そして私の手を力強く握りしめてくれた。そして私にメモを手渡してくれたのだが、そこには「兄弟仲」とだけ書かれていたが、それを見た私に何度かうなずきながら親父は意識をなくしてしまった。これが親父との最後になってしまった。<br /><br />
 
　それから1週間後の平成2年2月23日午後6時30分、村崎義正永眠、享年56歳であった。<br /><br />
 
　私にとって村崎義正とはまさしく親父である。当たり前のことのようであるが最近は、親を親と思ってないのが普通であると私は感じる。村崎義正家の末っ子の五男坊に生まれてきて、絵に描いたようにかわいがられ、甘やかされて育ってきた。その反面、人として道から反れたような行動があるととことん厳しく怒られることもあった。親父は五人の息子それぞれに子供の頃からいつくかの試練を与えてくれていた。<br /><br />
 
　小学校2年生の時であった。自分のまわりの友達たちは15時になるとお決まりのようにおやつが出るというのが当たり前であったが、当時の村崎家と言えば世間一般でいう貧乏子沢山の家であったため当然「3時のおやつ」というものはなく、小腹がすくと私のおやつはもっぱら猫に餌であげていた「いりこ」（関東でいうにぼし）であった。そんなことに不満を持っていたのではなかったが子供心に友達を見ていて羨ましいと思っていたことも事実である。そしてとうとう間がさしてしまい取り返しのつかない事件を起こしてしまう。それはある日の夕食どきであった。今でも本当によく憶えているが、その日の献立は大好物の鯖の味噌煮だった。そんな楽しい夕食を前にお袋の財布に入っていた100円がなくなったと大騒ぎになる。当時の村崎家の家計事情からすると100円という金額は大変貴重なお金だったので100円という金額ですらなくなると気づくほどであった。親父は、上の兄貴から「知らんか」と順番に聞いていった。すると四男の兄のTさんが「夕方、義則（私のことである）が近くの岡村商店でおでんを食べよったけど」という発言で私が盗んだことがばれてしまった。血相を変えた親父に「義則、おでんを買うお金はどうしたんか」と聞かれ私は「母ちゃんの財布からとって買った」と正直に答えたが、今まで見たことがないほどの形相で親父は私をつかみ、殴り飛ばした。何度も何度も繰り返し「ええか、人を騙す人間になるな。」と言っては殴り飛ばされ「人の物を決して盗んではならない。」と言われてまた殴り飛ばされ、「絶対に人を裏切る人間になるな。」と言われ殴り飛ばされ、殴られる度に私は「もう一発殴られれば大好きな鯖の味噌煮が食べれる」と心の中で思い続けること約1時間以上にわたって殴り飛ばされた。「わかったんなら飯を食え」と言われ終わったときには顔は腫れ上がり口も開けられない状態にまでなり、鯖の味噌煮は食べられなかった。その話を聞いてすぐに家に駆けつけてくれた人がいる。当時、学校が終わると通っていた浅江児童館の館長を務めていた有沢先生（女性）である。旦那さんも中学校の教師を務めている方で有沢先生ご夫妻には村崎家一族の子息の教育と成長を見守ってくださり、たくさんの御縁と長年のお付き合いをしてくださっております。私の腫れ上がった顔を見て「義則君その顔どうしたんかね・・・。」事情を知った先生は親父を訪ねて「息子にこんな目にあわせて、あなたは父親失格です。今日から私が義則君の面倒見ます」と言うなり私を先生宅に連れて帰った。数日経ってから親父は深く反省し有沢先生にお詫びを申し上げ私を自宅に連れて帰った。<br /><br />
 
　あの時親父に殴られたことは今でも鮮明に残っている。それほど大変な出来事だったし、以降親父は怖いという感情を持ったことも確かだが、それ以上に愛情を注がれていることを感じていたので不思議と恨みだとかもろもろの感情は一度も抱かなかった。<br /><br />
 
　逆に4人の兄貴たちに比べれば、末っ子である私だけはやりたいことをやらせてもらい本当に感謝している。小学校3年になると中日ドラゴンズの星野仙一（現楽天ゴールデンイーグルス監督）選手に憧れ少年野球に入部し、高校卒業までの10年間大好きな野球に没頭させてもらった。勉強は一度も強要されることはなかったけれど、からっきし駄目だった。結局、小学校を卒業するまで成績はオール１だった（マジです）。小学5年生の秋を迎えた頃だったか、親父から突然話しかけられた。「義則、野球は楽しいか？」との問いかけに私は「うん・・・」とだけ頷く。親父はうれしそうに「そうか。勉強は嫌いなんじゃろうの？」の問いにまた私は「うん・・・」とだけ頷いた。すると親父は、「勉強は嫌いなんじゃろうから無理してやらんでもええからの。好きな野球でもええんじゃけど、一番とかいうことじゃなくとにかくこれだけは誰にも負けんちゅうものを見つけれたらええの。」と言われた。その時それだけで話は終わったが、今まで何も考えなかった私がその日から私に話しかけてくれた親父の笑顔を忘れることが出来ず「誰にも負けんちゅうもの」を何日も真剣に考えた。そして9月30日、「これだ！」と突然ひらめいたんです。<br /><br />

　提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory25/">周防猿まわしの会</a>
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    <title>富士山　写真素材　著作権フリー商用可　その６</title>
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    <published>2012-03-27T06:33:49Z</published>
    <updated>2012-03-27T06:36:01Z</updated>

    <summary>富士山の写真は著作権フリー、商用可です。</summary>
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        <category term="富士山写真配布" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<h3 class="h3-1">注意</h3>
<ul>
   <li>富士山の写真素材は著作権フリー、商用可です。ご自由にお使い下さい。</li>
   <li class="strong">当サイト上の富士山以外の画像は使用厳禁です。</li>
</ul><br />

<h3 class="h3-1">富士山写真素材</h3>
<img alt="富士山写真素材著作権フリー商用可３５" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/fujiyama1/fujiyama_free35s.jpg" width="450" height="300" /><br />
快晴時の富士山。スタンダードです。<br />
↓から大きいサイズを、右クリックからダウンロードしてください。<br />
<a href="http://www.fuji-osaru.com/images/p/fujiyama1/fujiyama_free35.jpg">富士山写真素材著作権フリー商用可３５［2000x1333px］</a>
<br /><br />]]>
        
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    <title>第二十四話　猿まわし最大のピンチ</title>
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    <published>2012-02-27T01:54:53Z</published>
    <updated>2012-02-29T01:58:44Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十四話。更新日：2012年2月29日</summary>
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        <![CDATA[　観光地は、紅葉の季節を終えた12月から2月頃まではオフシーズンというのが定説である。登山道に入ってくる車もまばらになり本格的な冬を迎えていたが、阿蘇猿まわし劇場の勢いは止まらなかった。12月7日にはオープン以来の総入場者数が２５万人を突破した。年を越え、1990年（平成2年）１月には月間入場者数が二万八千人を越えた。2月11日、12日は大入り（3000人以上）が出るほどの来場者、しかも2月12日には総入場者数30万人も突破した。猿まわしの常設劇場を阿蘇に建設するという構想に疑問や反対意見があった中で信念を貫いて実現した劇場が、冬枯れの観光地で賑わいのピークを迎えている。村崎義正会心の笑み、自分に関わる事業でこれほどの成功は初めてであった。「自分は最後でいい。」と人の事業や生活を優先してきた人生、ちょっと器用に生きればお金になる情報はたくさんありながら貧乏くじを選んできた。周防の猿まわしを復活させたことやその著作への反響、マスコミでも取り上げられ注目された。反面「人生はあざなえる縄のごとし。」と本人が語っていたように、周囲から嫉妬の矢をあびることとなる。その矢を放つ急先鋒に立ったのは、村崎義正が手塩にかけて守り育ててきた実の兄弟、そして実の息子達であったから、不幸の闇を成功の美酒で補っても埋まるものではなかった。成功の絶頂にありながら、心も身体もボロボロであった。その親父が猿まわしを守るために一策を講じた。事業の拡大に備え、他の職業に就いていた長男を周防猿まわしの会に参加させ、ナンバー２につけて、事業の運営を任せた。この荒療治が更なる波乱を呼ぶことになることは親父も承知していた。だから、五男坊の自分には「兄には絶対服従で人生を生きろ。」との命令、そしてその言いつけ通りに生きてきた。まじめだけが取り柄の長男、そして、周防の猿まわしの理念だけは守らなければならないと無意識のうちに生きてきた自分、親父さんが残した宿題をこの頼りない二人に任せたとのだと気づいたのはつい最近のことだ。<br /><br />

　阿蘇猿まわし劇場の予想外の快進撃もあったが、何よりもお猿さん達や劇場スタッフの頑張りのお陰で２月には二回目の慰安旅行が計画されていた。場所はハワイである。前年８月に脳血栓で倒れてから、親父は懸命なリハビリや医師の指導による節制もあり徐々に回復していたので、療養も兼ねてのハワイ旅行を親父は誰よりも楽しみにしていた。<br /><br />

　ハワイ旅行を間近にひかえた2月12日の早朝、チョロ松と私は東海地区の朝のテレビ番組に出演するために愛知県名古屋市内のテレビ局スタジオにいた。リハーサルを終えたところでディレクターの方から「五郎さん。本社（山口県）の方へ電話してくださいとのことです。」と連絡をもらい電話すると、親父が倒れたとのこと。番組出演を終え、その足で山口県へ向かった。病院に到着したときには早い発見だったことで親父は一命をとりとめ意識はしっかりしていた。倒れた原因を聞いて愕然としたが、２月のオフシーズンにもかかわらず連休で大入りを記録したことに気を良くした親父はうれしさのあまり「今日はお祝いじゃ。年末、五郎が送ってくれたワインで乾杯しよう」と調子に乗り、ひとりで一本のワインを空けた。お酒もまわりすぐに就寝したのだが、胸騒ぎを感じた長男が心配になって親父の様子を寝床に見に行ったときにはすでにうつ伏せで倒れていた。「脳血栓」である。「次に発症したら命の保障はい」と言われてから半年後、恐れていた二度目の発作がおこった。<br /><br />

　とりあえず二日後に予定されているハワイ旅行は今回キャンセルする方向で話は進めていたが、親父から「ハワイ旅行を中止にするという馬鹿なことを考えちょるんじゃないか。芸人や社員も楽しみにしちょる旅行なんじゃからお前たちだけでも行ってこい」と言われ、結局お袋と長男が病院に残って看病してもらい、私は第一班の社員を連れて常夏の島ハワイへ出発した。しかしハワイ旅行二日目の夜、親父の容態が急変したので帰国するようにと連絡が入り、翌日の早朝便にて帰国の途につくことになる。ハワイ滞在40時間であった。<br /><br />

　後になって聞いた話だが、ハワイに出発した後、親父の病状は悪化していく一方だった。まずは口がまわらなくなって筆談になり、次第に字すらまともにかけなくなっていった。その時すでに親父は致命的な病が進行していたのだが気付いてあげることができなかった。自分のピンチには全力で勝負し守ってくれたのに、親父のピンチに気づき救出できなかったことは悔やんでも悔やみきれない。自分が送ったワインで倒れたことも悔やまれた。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory24/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>第二十三話　チャンスの時にピンチあり</title>
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    <published>2012-01-31T03:31:58Z</published>
    <updated>2012-01-31T03:33:33Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十三話。更新日：2012年1月31日</summary>
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        <![CDATA[　阿蘇猿まわし劇場はオープン前の予想をはるかにくつがえす快進撃を続けた。親父の目標では3月26日から6月下旬までに5万人の入場者数と見込んでいたのがオープンして2ヶ月足らずの5月29日に達成。入場者7万人も6月25日に突破した。夏休みに入った8月3日には10万人目のお客様に来場いただき、8月20日には一日の総入場者数としてはオープン以来最高の3090人、初めての大入り袋（阿蘇猿まわし劇場は3000人以上の入場者で大入りとした。）が出た。<br /><br />

　8月27日には3811 人と大入りの記録を塗りかえていく。
そんな記録ずくめのおめでたい日にお客様が訪ねてきた。石川県金沢市でイベント会社を経営する昭和企画株式会社北陸支社社長の千代晃久（せんだい　あきひさ）さんという方である。千代さんと周防猿まわしの会のお付き合いが始まったのは、まだ千代さんが愛知県の昭和企画株式会社名古屋本社にいらっしゃる頃である。私とはチョロ松とコンビを組んで間もない頃、名古屋市内でのショッピンッグセンターでのイベントに呼んで下さったのが最初の出会いだった。それ以前にも他のコンビには数回仕事をいただいていたが、初めてチョロ松を呼んでくれた時から大変気に入っていただけた。千代さんは「チョロ松・五郎コンビは、今まで見てきた他のコンビにはない芸の力強さがある。俺はチョロ松が有名であろうが無名であろうが関係ない。チョロ松の芸に惚れたからこれからはチョロ松をしっかり売っていくからな。」と言われ、その言葉通り温かく見守ってくださり、 時にはお客様目線での厳しいアドバイスもあり、チョロ松・五郎コンビを育ててくれた大恩人と思っている。<br /><br />

　そんな千代さんが家族揃って遠い石川県から熊本県の阿蘇の地まで表敬訪問してきてくれた日が、大入り入場者新記録の日でもあり、千代さん家族が到着するなり、親父さんみずから阿蘇猿まわし劇場の施設を案内し、「五郎は稽古をやっておけ、夕方来ればいいから。千代さんは俺に任せろ。」と気にする私をはねのけて、阿蘇の秘湯温泉にお誘いして大歓迎した。しかし、その2時間後に大変な事が起きた。「親父が温泉で倒れた」とお袋から劇場に一報が入った。親父は当時55歳、その日も午前中若手の調教師に引けを取らないぐらい迫力ある舞台を演じていたので信じられなかった。搬送先の病院に駆けつけたときには意識も戻っていたので安心した。原因は「脳血栓」である。今回は何とか一命をとりとめた。次に発症したら命の保障はないと最後通告ともとれるような医師からの厳しい診断であったが、そんな警告すら動揺するような親父ではない。命にも関わる病気だけに今回だけはオープン以来の疲れを癒すいいチャンスと思って十分休養してほしかったが、親父はじっとしていられなかったのか、 一ヶ月後には復帰してきた。<br /><br />

　チャンスの時と誰しも勢いに乗っていたときピンチの影が忍び寄っていた。さらなる災難がチョロ松と私に襲いかかる。9月下旬、広島県の「海と島の博覧会」のイベントに出演していた。公演前のリハーサルでチョロ松の動きがおかしいことに気付く。チョロ松が左手を使うことをすごく拒否するのだ。その時は目立った外傷なく無難に舞台をこなしてくれたが、翌日の朝になると左手の人差し指が腫れ上がり、思った通りの芸が出来ないまま舞台を終了した。すぐに近くの動物病院に行きレントゲンを撮ってもらったところ、人差し指の第二関節から骨がないと診断された。広島から帰京して当時の主治医の先生に診てもらったところ病名は「骨髄炎」であった。早急な手術が必要だということで、事情を説明してチョロ松指名のイベント出演を他のコンビに差し替えてもらい緊急手術をおこなった。第二関節から指を切断せざるおえなく引退という最悪の事態も頭をよぎった。幸いにして他への転移もなく手術後から2 週間のちにはいつものチョロ松らしさを取り戻し仕事に復帰することができた。野生の生命力や回復力はたいしたものであるが、手術後麻酔が切れ、自分の人差し指がないことに気付いたチョロ松はすごく悲しそうな表情をしていた。もう少し早く異変に気付いてあげられたらと後悔している。<br /><br />

 　阿蘇猿まわし劇場がオープンして約7ヶ月の10月23日、年間目標としていた20万人の入場者数を記録した。目標より5ヶ月も早い達成だった。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory23/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>第二十二話　親父がつないだ縁</title>
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    <published>2011-12-31T01:07:04Z</published>
    <updated>2012-01-01T22:28:07Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十二話。更新日：2011年12月31日</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[　私がまだ周防猿まわしの会に入門する前の大学1年生夏の話しにさかのぼるが、本社（山口県光市）の親父の元へ、突然一本の電話がはいった。「日本体育大学の教授をやっている山田良樹と言いますが、村崎義正さんはいらっしゃいますか。」親父は即座に日体大に在籍する息子の私が問題を起こしたのではないかと思い、電話に出るなり「息子が何かしでかしましたか」と答えたが、山田教授は私のことで電話したのでなく、村崎義正本人に電話してきたのだ。ちんぷんかんぷんの電話だった。それもそのはず、山田教授からすると村崎義正の息子が日体大へ行っているとは知らずに電話したわけだから会話も噛み合うわけもなかった。<br />
　山田教授は私たちと同郷で山口県周防大島出身である。当時日本体育大学で体育経営管理学を研究し学部長も兼任されていた。現在は日本体育大学名誉教授を勤められている。
ある日、日体大の職員から「先生の故郷の山口県で、猿まわしを復活させた村崎義正さんが書かれた本『猿まわし復活　調教とその方法』を見つけました。面白い本なのでよかったら読んでみてください。」と進められたのが村崎義正を知るきっかけになった。読んだ瞬間一目ぼれしたらしく、これはすぐに会いに行かなければいけないということで本社（山口県）への突然の電話だった。二人は会うなり意気投合し、親父の持つ「日本猿の調教論」「人間の教育論（子育て）」に山田教授は深く興味を持ってくださった。人間教育に不足している厳しさ、やさしさ、毅然とした姿勢が猿まわしの調教にあり、これを大学生に伝えたい、そう思ってくださった。日体大の特別講師として村崎義正を招き学生と喧々諤々の交流を重ねたのはもちろん、周防猿まわしの会の応援団として大学関係の学園祭や地方のお祭りに紹介してくださった。また、私が日本体育大学を卒業するまで親代わりのようにご指導いただき、山田教授のおかげで卒業出来たと言っても過言ではないほど迷惑をお掛けした。「義正さんもお前の子育てには失敗したようだな。五番目で唯一親父にかわいがられた。甘くなった分、俺がたたきなおしてやる。」山田先生の口癖だった。大学3年以降、チョロ松がSONYのCMでブレイクした時には大学と仕事を両立させるために午前中授業に出席して午後から地方等のイベント出演にしなければいけないこともあり、そんな時は山田教授のはからいでチョロ松をのせた営業車を大学敷地内の安全な場所に駐車させてもらったこともありました。<br />
　山田教授の縁で普通なかなか会えない人物を紹介され、かわいがってもらいました。当時の日体大の綿井永寿学長や、山口県出身、レスリングで東京オリンピック金メダリストの花原勉教授（現在、日本体育大学名誉教授）にも眼をかけていただき、卒業の際には「日本を代表する周防猿まわしの会の芸能の発展のためにしっかり頑張れよ。」と激励の言葉をいただいた。九州方面に出張した機会にわざわざ熊本県の阿蘇猿まわし劇場まで足を伸ばして下さった時の感激は忘れられない。同級生からはいまだに卒業式に出席していなかったとからかわれるが、間違いなく日本体育大学卒業式に出席し万感の思いを抱いて学び舎を後にした。<br /><br />

　そしてついに、猿まわし千年の悲願が実現する日がやってきた。1989年（平成元年）3月26日、日本の観光地を代表する阿蘇山の麓に655名収容の「阿蘇お猿の里・猿まわし劇場」がオープンした。当日は全国各地の猿まわしのファンや復活以来応援いただいているたくさんの知人・友人もお祝いに駆けつけてくださり盛大に式典も行われた。チョロ松・五郎コンビも初舞台に立たせてもらったが、本当にすみません、どんな舞台だったのか記憶がほとんどありません。ただ、広い敷地にそびえたつ劇場の勇姿を見てこれから猿まわしの芸能はどんなに発展をしていくのだろうと胸が躍るような気持ちで夢を描いていた反面、正直23歳の私には数億円投資した借金を返していけるのかという不安ばかりが先に立った。しかし親父からは「まず年間20万人の安定した入場者を確保することができれば猿まわしの芸能も磐石である。そして劇場以外の施設もさらに充実することができ、頑張ってくれているお猿さんや芸人たち、そして支えてくれるスタッフに生活を保障してあげることができる。」と高笑いしながらうれしそうな笑顔が返ってきたことが鮮明に浮かんでくるのだ。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory22/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>ある小学校へ出張公演に行って来ました。</title>
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    <published>2011-12-22T06:30:26Z</published>
    <updated>2011-12-22T06:54:59Z</updated>

    <summary>先日、ある小学生の皆さんの集まりへ出張公演に行ってきました。</summary>
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        <category term="お猿さんニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<img alt="201112js.jpg" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/diary/201112js.jpg" width="450" height="267" /><br /><br />

　こんにちは順平です。<br /><br />

　お久し振りです。先日、ある小学生の皆さんの集まりへ出張公演に行ってきました。幼稚園児から小学校低学年の子供たち、保護者の方々がたくさん応援して下さいました。はじめは少し肌寒い感じでしたが、段々皆からの応援と熱気で暖かくなってきました。皆の応援でQたろうも絶好調！イベントも大成功でした。片付けも皆さんで道具を運んでくれてとっても助かりました。<br /><br />

　また皆に力を頂きました。楽しかったです。また会いましょう！<br /><br />

2012年12月]]>
        
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    <title>河口湖で人気の３施設に入場できる特別コラボチケット</title>
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    <published>2011-12-14T00:44:32Z</published>
    <updated>2011-12-14T06:19:01Z</updated>

    <summary>３つの施設がお得な価格でご利用可能です。さらに！ちょっぴりプレゼントも！</summary>
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        <category term="イベント情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[　ついにやりました！河口湖北岸同盟です！３館コラボ！<br /><br />

　特別コラボチケットをお買い求めいただくと、久保田一竹美術館、河口湖オルゴールの森、そして猿まわし劇場にご入場できます。さらに！自然生活館、ハーブ館でちょっぴりプレゼントまで貰えます！<br /><br />

　別々にご購入いただくよりも、格段にお得となっております！！詳しい料金表は下記をご覧ください。<br /><br />

　※特別コラボチケットは、久保田一竹美術館、河口湖オルゴールの森、又は猿まわし劇場のチケット売場でのみ販売しております。<br /><br />

<img alt="特別コラボチケット" src="<$mt:BlogURL$>images/p/event/collaboration/collaboration1.jpg" width="500" height="950" />
<img alt="特別コラボチケット" src="<$mt:BlogURL$>images/p/event/collaboration/collaboration2.jpg" width="500" height="500" />

<h4 class="h4-1">注意事項</h4>
<ul>
    <li>久保田一竹美術館、河口湖オルゴールの森、又は猿まわし劇場のチケット売場で直接お買い求め下さい。</li>
    <li>有効期限はご購入日から6ヶ月間です。</li>
    <li>他の割引サービスとの併用は出来ません。</li>
</ul><br />


<h4 class="h4-1">チェックされましたか？</h4>
<p class="h4p"><a href="<$mtBlogURL$>coupon/">お得な割引クーポン券！</a></p>]]>
        
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    <title>第二十一話　猿まわしを栄える女性達</title>
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    <published>2011-11-30T03:20:59Z</published>
    <updated>2011-11-30T03:32:50Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十一話。更新日：2011年11月30日</summary>
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        <category term="チョロ松物語" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[　阿蘇猿まわし劇場の建設も順調に進み、1989年3月26日オープンが決まった。夏過ぎには最初の団体予約が入った。12月上旬には東京事務所のメンバーも阿蘇に集結し、劇場の建設状況を見てまわる。劇場の概容がはっきりしてきてオープンが現実味を帯びてきた。オープン後の綿密なスケジュールの打ち合わせも行われ、チョロ松・五郎コンビも一ヶ月交代のローテーションで出演することになった。<br /><br />

　そんな年の瀬のある日、阿蘇進出に尽力いただいた塚元議員が調教師志望の女性を連れてきた。本来であれば女性という時点でお断りをするのだが塚元議員の紹介ということもあり面接だけは受けたが、やはり野生のお猿さんと向き合うためには女性の腕力やスピードでは難しいし危険を伴う仕事なのでお断りをした。しかし、その女性はあきらめずに何度も親父のもとへ足を運んだので、その熱意に応え入門が認められた。当時を振り返ると本当に驚きだったが、親父に認めた理由を聞くと、「ほんのわずかな可能性に賭ける決心をした。その可能性とは師匠のアドバイスを素直に受けて頑張ればどんな困難でも突破できる。いささかでも我流になれば失敗するけど・・・。」女性が調教師を目指すという話題は阿蘇猿まわし劇場のオープンと重なりマスコミに大きく取り上げられ追い風になった。<br /><br />

　復活後、初の女性入門者ではあったが、実はその当時周防猿まわしの会には女性調教師がいた。重岡フジ子という人物である。昭和最後の猿まわしとして東京中心に活躍していたが、昭和38年に廃業する。<br /><br />

　昭和52年、周防猿まわしの会が復活事業を開始するも調教法がわからず暗礁にのりあげた時には、親父は重岡フジ子に協力をお願いし、アドバイスしていただいたことがきっかけとなり、親父が調教法を解明し、科学的に調教法を確立することにつながった。重岡フジ子がいなければ猿まわし復活は実現しなかったかもしれない。重岡フジ子の調教は本物であった。さらに調教法だけにとどまらず、猿まわし芸能の豊かな継承者であり、周防猿まわしの会の一員に加わっていただき、大きな花を咲かせてくださった。タナ捌き、バチ捌き、間の取り方、口上、唄、見事であった。我々が学んで、学びきれないほど豊かであり、柔らかい姿勢の中に揺らがない芯を持っておられたからこそ、女性であっても調教師になれることを実際にしめされた。女性が調教師を目指すというバトンは、その後十数人もの女性志願者のチャレンジによって受け継がれ、成果と挫折を重ねながら、現代版の重岡フジ子誕生への可能性を高めつつある。時代が産んだとも言える重岡フジ子再来は難しいけれど、女性達は必ず願いを叶えるに違いない。そして女性調教師の活躍は現在猿まわしの舞台に欠かせない存在となり猿まわしを支えている。<br /><br />

　重岡フジ子さんは2009年（平成21年）2月11日、78歳で亡くなられた。20年前の2月11日は、親父が病に伏した日でもあり不思議な巡り会わせを感じた。私の中に生きる重岡フジ子さんについてはあらためて皆様にお伝えしなければならない。<br /><br />

　1989年、阿蘇猿まわし劇場オープンの新年を迎えた。チョロ松と私は、元旦より兵庫県宝塚市の宝塚ファミリーランドの10日間のイベントに、動物マジックの第一人者でもあるジャック武田さんとご一緒させていただいた。ジャック武田さんは数十種類の動物を扱いながらのマジックショーを繰り広げる。その中にピンクパンサーの愛称で人気者であったチンパンジーがいて、刺激を受けたチョロ松は落ち着きをなくし、いつも以上に調整に苦労していた。<br /><br />

　そして、1月7日、日本に重大ニュースが報じられた。昭和天皇がご逝去されたのだ。翌日からの公演は全て中止になり、1月8日、「昭和」から「平成」と時代が変わった。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory21/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>花尾八幡宮様の式年大祭にご招待いただきました。</title>
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    <published>2011-11-11T03:02:48Z</published>
    <updated>2011-11-11T03:24:35Z</updated>

    <summary>２５年に一度の式年大祭のお祝いに招待され、愛吉・源太コンビが出演しました。</summary>
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        <category term="お猿さんニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[<img alt="花尾八幡宮1" src="http://www.suo.co.jp/images/p/50news/201111hanao-1.jpg" width="500" height="375" /><br /><br />

　秋晴れの山口県山口市、ここは周防猿まわしの会のお膝元になる島地にある花尾八幡宮。２５年に一度の式年大祭のお祝いに招待され、愛吉・源太コンビが出演しました。この八幡様は千三百年の歴史で七百年前に現在の地に再建される。豊かな周防の農村で、毛利氏の庇護を受けて、この地方の由緒あるお社として信仰を集めてきました。<br /><br />
 
<img alt="花尾八幡宮2" src="http://www.suo.co.jp/images/p/50news/201111hanao-2.jpg" width="480" height="600" /><br /><br />

　愛吉は長旅でしたが、得意芸を連発して、会場にあふれんばかりの人だかりの皆さんからやんやの喝さいをいただいた。お宮前の道路は詰めかける近隣からの車で渋滞、地元の皆様も祭りのにぎやかさに目を細めて喜ばれていました。一年がかりで準備し、周防猿まわしの会の出演を希望され熱心に招聘くださった氏子役員の皆様、本当にありがとうございました。<br /><br />
 
　この秋、ふるさとからの出演依頼が殺到して、やりくりが大変なほど。全国区で仕事をする我々を一番応援してくださること感謝してこれからもがんばります。<br /><br />


<a href="http://www.suo.co.jp/50news/201111hanao/">提供：周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>第二十話　チョロ松とともに歩む</title>
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    <published>2011-10-31T10:42:52Z</published>
    <updated>2011-10-31T10:44:45Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第二十話。更新日：2011年10月31日</summary>
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        <category term="チョロ松物語" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[　覚えておられますか北海道静内町で撮影したSONYウォークマンＣＭ第二弾「草原編」は、第一弾に続き、全国のお茶の間を騒がせた。それは建設途上にある阿蘇猿まわし劇場にとっても追い風となった。来春のオープンにそなえ1988年7月1日付で九州事務所を開設し、団体予約の受付開始や観光関係組織への訪問説明など幅広く動き出した。そしてチョロ松と私の使命はもちろん劇場建設資金を稼ぐことであったが、横浜ドリームランド、奈良シルクロード博を中心に全国のお祭りイベントに出演し、夏休みの締めの仕事は前年に続き吉本興業の舞台に11日間出演させていただいた。しかも今回はリニューアルされたばかりのNGK（なんばグランド花月）である。吉本興業に所属する数千人の芸人といえども限られた芸人しかたてない狭き門である。まさしく笑いの殿堂でもあるNGKの舞台にチョロ松と立てたことは得がたい経験であったし光栄なことだと思っている。私にとって猿まわしは大学卒業までのお手伝いであったのだが、教育実習を終え、こうした経験を積み重ねる中で心境に変化が起きてきた。<br /><br />

　夏休みも終わりひと段落したところのこと、月に何度かの調教会がもたれた。東京事務所前の多摩川河川敷で、兄のＴ氏が指導役で東京在駐のメンバーが参加した。調教会ではチョロ松と私の関係性がテーマとなることが多かった。成猿でもあり、以前コンビを組んでいた調教師を辞めさせたチョロ松とどうつきあうかそれは私だけでなくみんなにとっても共有しなければならない大事な課題であった。学生でもある私にはそれまではチョロ松の芸を向上させていくというよりチョロ松の持っている芸を維持すればいいぐらいの考えしかなかったが、チョロ松と正面から向き合うようになった今では以前にも増してすごい勢いで私に歯を剥いてくるようになった。兄のT氏からは「歯を剥いてくることはお前をボスと認めてない。絶対服従させけじめをつけなければいけない」と指導を受けるが、調教会を重ねるごとに服従するどころかチョロ松の反抗はエスカレートした。チョロ松を力で抑え込もうとすれば力で跳ね返す。それこそ野生のプライドであり、それがないチョロ松では命さえながらえることはできない。とにかく目の前に厚い壁が立ちはだかったかのような苦しいときでもあったが、なんとかしたいと思うようになったことでようやく調教師としてのスタートラインについたのかもしれない。<br />
　荒れ狂う成猿とつきあう難しさと真剣に向き合うようになったころに、「五郎、野性の猿を制御するのに暴力は駄目。調教師が目に見えない力を身に付けるしかないんじゃ。それは何か、しっかりチョロ松に教えてもらえ。」って義正親父によく言われた。見えない力とは何でどうすれば身につくのか。チョロ松に服従を求める前に自己の非力によりきびしく対決していかなくてはならないと親父は言いたかったに違いない。<br /><br />

　阿蘇猿まわし劇場のオープンは舞台を支えるメンバーの数の確保と芸のレベルの向上が急がれる課題であった。親父の中では大学卒業後私が本格的に調教師としての道を歩むだろうと確信していた。さらに朗報だったのは2月に入門して半年しかたっていない村崎新八と小猿の勘平が順調に育っていること。周防猿まわしの会においては最も重要視される礼儀作法・立ち居振る舞いといった基本芸は当然のこと、輪抜け、竹馬、八艘飛びといった猿まわし十八番芸まで習得した。新八さんは、明るく人前でも物怖じしない舞台向きのキャラクターで、入門当時は兄のＴ氏が将来性をかい、テレビ番組にも紹介して、一番弟子として厚遇するようになっていた。それで、勘違いする新八さんでないことは後に、Ｔ氏が周防さるまわしの会から強引に独立活動を行った際にも、義正会長との約束を忘れず決断、行動したことで明らかである。そういうドラマがあろうなどとはこの時は思いもしなかったし、私としては入門当時の新八さんがどこを向いていようが関心がないというか、チョロ松と自分のことで精一杯だった。ただ、様々な重圧の中で会を動かしていた義正親父が「周防猿まわしの会が21世紀へ飛躍するための主役が増えた。」と喜んでいたことがうれしかった。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory20/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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    <title>紅葉まつり2011年　もみじ回廊の紅葉情報</title>
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    <id>tag:www.fuji-osaru.com,2011://1.131</id>

    <published>2011-10-17T09:06:48Z</published>
    <updated>2011-11-22T22:51:19Z</updated>

    <summary>紅葉情報。もみじ回廊の現在を写真でレポしていきます！</summary>
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    </author>
    
        <category term="イベント情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[<h3 class="h3-1">河口湖猿まわし劇場は・・・</h3>
<a href="http://www.fuji-osaru.com/event/koyofestival2011/">お祭りを盛り上げるべく、貸し駐車場とミニ縁日コーナーを設けます。</a><br /><br />
<a href="http://www.fuji-osaru.com/coupon/print/">猿まわし劇場の特別割引クーポン</a><br /><br />

<h3 class="h3-1">もみじ回廊の紅葉情報</h3><br />
<h4>10月15日　まだまだです。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-1.jpg" alt="2011年10月15日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p>ほのかに赤みをおびたかな？？と感じる程度です。</p><br />

<h4>10月17日　動きなしです。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-2.jpg" alt="2011年10月17日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p>このアングルだと緑一色ですね。</p><br /><br />

<h4>10月19日　依然動きなしも・・・</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-3-1.jpg" alt="2011年10月19日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-3-2.jpg" alt="2011年10月19日　もみじ回廊を外から" width="500" height="281" />
<p>外から見るとそれなりに色づいています。</p><br />

<h4>10月22日　雨上がりに光が射してキレイですが</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-4.jpg" alt="2011年10月22日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">キラキラしてキレイですが変わりはないですね。</p><br />

<h4>10月24日　若干変わった？？？？</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-5-1.jpg" alt="2011年10月24日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-5-2.jpg" alt="2011年10月24日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">中側は「今後色が変わるのだろうか？」と不安になるくらい緑のままです。</p><br />

<h4>10月26日　快晴なのでキレイに撮れました。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-6.jpg" alt="2011年10月26日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">緑ー＞朱色のグラデーションがキレイです。</p><br />

<h4>10月28日　明日から紅葉まつりです！</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-7.jpg" alt="2011年10月27日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">まだまだ見頃を迎えていませんが、キレイなことは間違いありません。</p><br />

<h4>10月31日　徐々に色づいています。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-8.jpg" alt="2011年10月31日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">以前の写真と比べると、上の方から色づいていくのがわかりますね。</p><br />

<h4>11月2日　キレイになりましたね！</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-9-1.jpg" alt="2011年11月2日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">これから様々な色を魅せてくれます。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-9-2.jpg" alt="2011年11月2日　河口湖猿まわし劇場前" width="500" height="281" />
<p class="intro">もみじ回廊近くの河口湖猿まわし劇場前です。この通り沿いは見頃を迎えています。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-9-3.jpg" alt="2011年11月2日　有料駐車場前" width="500" height="281" />
<p class="intro">河口湖猿まわし劇場前には射的やお土産を販売が。500円の有料駐車場あり（猿まわし劇場のチケットをご購入の方は駐車料無料）</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-9-4.jpg" alt="2011年11月2日　朝もやに浮かぶ富士山" width="500" height="375" />
<p class="intro">朝もやに浮かぶ富士山</p><br />

<h4>11月3日　これからどんどんキレイになります。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-10-1.jpg" alt="2011年11月3日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">AM7時。周辺では散り始めた木もありますが、もみじ回廊はまだまだこれからです。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-10-2.jpg" alt="2011年11月3日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">グラデーションがキレイです。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-10-3.jpg" alt="2011年11月3日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">AM7時。紅葉祭りメイン会場の近くにある河口湖猿まわし劇場駐車場から。ここは11月20日まで有料駐車場になりますが、猿まわし劇場ご利用の方は無料となります。</p><br />

<h4>11月4日　朝もやがかかっています。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-11.jpg" alt="2011年11月4日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">午前６時&#xFF5E;７時が鮮明な富士山を見る可能性が高い時間だと個人的に思います。ただし今日は朝もやがかかっていました。</p><br />

<h4>11月5日　昨日の陽気で紅葉が進む</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-12-1.jpg" alt="2011年11月5日　もみじ回廊" width="500" height="281" />
<p class="intro">右側のもみじが昨日より紅くなっています。昨日は気温が20度でしたからね。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-12-2.jpg" alt="2011年11月5日もみじ祭り　猿まわし大道芸" width="500" height="281" />
<p class="intro">もみじ回廊近くの有料駐車場（猿まわし劇場前）で猿まわしの大道芸。11月20日まで、ほぼ毎日開催予定。夕方&#xFF5E;夜。 </p><br />

<h4>11月6日　最高にキレイです！</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-13-2.jpg" alt="2011年11月6日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">昨日の強風にも耐えましたね。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-13-1.jpg" alt="2011年11月6日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">外側から見てもキレイです。</p><br />

<h4>11月7日　影になってしまいました。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-14-1.jpg" alt="2011年11月7日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">陽の方向が撮影し辛い角度でした。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-14-2.jpg" alt="2011年11月7日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">赤みが増してきています。</p><br />

<h4>11月9日　これからです。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-15-1.jpg" alt="2011年11月9日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">私の記憶が正しければ、まだまだ紅くなるはずです。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-15-2.jpg" alt="2011年11月9日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">外側から。</p><br />

<h4>11月10日　意外にも</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-16-1.jpg" alt="2011年11月10日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">昨日と特に変わりはありません。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-16-2.jpg" alt="2011年11月10日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">意外にも中側は、青々としていました。</p><br />

<h4>11月11日　本日は終日雨の予報です。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-17-1.jpg" alt="2011年11月11日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">相変わらず寒暖の差が激しいですが、紅葉はまだまだ続きます！</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-17-2.jpg" alt="2011年11月11日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">もみじが見やすいアングル。</p><br />

<h4>11月12日　朝7時から観光客の方が動き出しています。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-18.jpg" alt="2011年11月12日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">昨日の雨ニモマケズ丈夫・・・に咲いてくれています。今日、明日が混雑のピークとなるでしょう。</p><br />

<h4>11月13日　朝もやで見えづらいのですが、</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-19.jpg" alt="2011年11月12日　もみじ回廊1" width="500" height="375" />
<p class="intro">本日の撮影デバイスはipodなので、色味が若干違いますがご了承ください。</p><br />

<h4>11月14日　撮影時は強い朝陽が当たっていました。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-20.jpg" alt="2011年11月14日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">朝陽の影響もあると思いますが、渇いた色になってきた気がします。まだまだこれからですね！</p><br />

<h4>11月16日　寒いです。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-21-1.jpg" alt="2011年11月16日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">朝７時の段階では気温２度。とても寒かったです。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-21-2.jpg" alt="2011年11月16日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">もみじ回廊の反対側はこのように富士山が見えます。これは逆光ですが、本当はキレイに見えていました。</p><br />

<h4>11月17日　外側の見頃はこれから</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-22-1.jpg" alt="2011年11月17日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">イチョウが寂しくなりましたね。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-22-2.jpg" alt="2011年11月17日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">外側から見るといい色合いをしています。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-22-3.jpg" alt="2011年11月17日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">本日AM7時現在の富士山。</p><br />

<h4>11月18日　曇りなので、写真が暗めになっています。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-23.jpg" alt="2011年11月18日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">正面の木は落葉しましたが、中心部分はこれからです。</p><br />

<h4>11月19日　小雨が降っています。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-24.jpg" alt="2011年11月19日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">外側がいい紅葉しています。</p><br />

<h4>11月20日　AM6時半撮影なので少し暗めです。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-25-1.jpg" alt="2011年11月20日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">外側から。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-25-2.jpg" alt="2011年11月20日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">赤、黄、緑と3色の葉っぱ。昨日は3色の葉をおみやげにする小学生に出会いました。</p><br />

<h4>11月22日　紅葉ライトアップは明日が最終日です。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-26.jpg" alt="2011年11月22日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">少しさびしくなるも、まだまだキレイです。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-26n.jpg" alt="2011年11月22日　もみじ回廊ライトアップ" width="500" height="281" />
<p class="intro">１７時頃のライトアップされたもみじ回廊。携帯写真では迫力が伝わりづらいですね。</p><br />

<h4>11月23日　紅葉ライトアップ最終日です。</h4>
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-27-1.jpg" alt="2011年11月23日　もみじ回廊1" width="500" height="281" />
<p class="intro">紅葉まつりの終わりに紅葉が華を添えます。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-27-2.jpg" alt="2011年11月23日　もみじ回廊2" width="500" height="281" />
<p class="intro">正面から見るとさみしいです。</p><br />
<img src="http://www.fuji-kawaguchiko.com/images/p/008event/koyofestival2011/koyofestival2011-27-3.jpg" alt="2011年11月23日　もみじ回廊3" width="500" height="281" />
<p class="intro">中に入ると、あら綺麗。</p><br />

<!--<h3 class="h3-1">紅葉まつり駐車場について</h3>
河口湖猿まわし劇場の駐車場は紅葉まつり会場のすぐそばにあります。
<iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;vpsrc=6&amp;ctz=-540&amp;brcurrent=3,0x60195e8ad7eb59fb:0x7ee3fdc3d1423d91,0&amp;ie=UTF8&amp;msa=0&amp;msid=213453407170529390661.0004af28d0bf4c6a0823d&amp;ll=35.52584,138.764577&amp;spn=0.004619,0.00441&amp;t=m&amp;iwloc=0004afc0d0c917f8a91b7&amp;output=embed"></iframe><br /><small>より大きな地図で <a href="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;vpsrc=6&amp;ctz=-540&amp;brcurrent=3,0x60195e8ad7eb59fb:0x7ee3fdc3d1423d91,0&amp;ie=UTF8&amp;msa=0&amp;msid=213453407170529390661.0004af28d0bf4c6a0823d&amp;ll=35.52584,138.764577&amp;spn=0.004619,0.00441&amp;t=m&amp;iwloc=0004afc0d0c917f8a91b7&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">富士河口湖紅葉まつり2011年　駐車場</a> を表示</small>-->

関連：<a href="http://www.fuji-kawaguchiko.com/008event/koyofestival2011/">河口湖コム</a>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2011年紅葉まつりについて</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fuji-osaru.com/event/koyofestival2011/" />
    <id>tag:www.fuji-osaru.com,2011://1.130</id>

    <published>2011-10-08T06:58:04Z</published>
    <updated>2011-11-20T13:47:59Z</updated>

    <summary>富士河口湖紅葉まつり2011に関する情報を掲載しています。</summary>
    <author>
        <name>eweb</name>
        
    </author>
    
        <category term="イベント情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[<img alt="紅葉まつり時期の駐車場について" src="http://www.fuji-osaru.com/images/tools/eventinfo99.jpg" width="520" height="180" />
<br /><br />

<h3 class="h3-1">紅葉まつりについて</h3>

　10月29日&#xFF5E;11月20日に河口湖紅葉まつりが開催されます。河口湖猿まわし劇場は紅葉まつり会場の目の前にありますので、お祭りを盛り上げるべく、貸し駐車場とミニ縁日コーナーを設けます。<br /><br />

<h3 class="h3-1">重要な注意事項ですが・・・</h3>
<p class="strong">猿まわし劇場ご利用の方は駐車場無料となります！</p>

<img alt="紅葉まつり１" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/event/koyofestival2011/koyofestival1.jpg" width="450" height="338" />
<br />
　劇場をご覧になったあとで、車を置いたまま紅葉まつりに行くことも出来ます。この機会に是非ご活用ください。<br />

<iframe width="500" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;vpsrc=6&amp;ctz=-540&amp;brcurrent=3,0x60195e8ad7eb59fb:0x7ee3fdc3d1423d91,0&amp;ie=UTF8&amp;msa=0&amp;msid=213453407170529390661.0004af28d0bf4c6a0823d&amp;t=m&amp;ll=35.525887,138.766036&amp;spn=0.006112,0.010729&amp;z=16&amp;iwloc=0004af2a20fff3ad1478e&amp;output=embed"></iframe><br /><small>より大きな地図で <a href="http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;vpsrc=6&amp;ctz=-540&amp;brcurrent=3,0x60195e8ad7eb59fb:0x7ee3fdc3d1423d91,0&amp;ie=UTF8&amp;msa=0&amp;msid=213453407170529390661.0004af28d0bf4c6a0823d&amp;t=m&amp;ll=35.525887,138.766036&amp;spn=0.006112,0.010729&amp;z=16&amp;iwloc=0004af2a20fff3ad1478e&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">富士河口湖紅葉まつり2011年　駐車場</a> を表示</small><br /><br />

<!--<h3 class="h3-1">紅葉まつり時期の割引クーポン券</h3>
　　<a href="http://www.fuji-osaru.com/coupon/print/">10月29日&#xFF5E;11月20日の割引クーポン券</a><br /><br />-->

<h3 class="h3-1">縁日コーナー開催</h3>

<img alt="紅葉まつり２" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/event/koyofestival2011/koyofestival2.jpg" width="450" height="338" />
<br />

※11月20日で終了いたしました。<br />
駐車場入口付近にてミニ縁日コーナーを開催します。射的やもつ煮、縁日グッズ販売コーナーなどを出店します。<br /><br />

<h3 class="h3-1">昨年の様子を写真で紹介</h3>

<img alt="紅葉まつり３" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/event/koyofestival2011/koyofestival3.jpg" width="450" height="338" />
<br />
　↑ミニ縁日コーナーから見た富士山。絶景です。

<img alt="紅葉まつり４" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/event/koyofestival2011/koyofestival4.jpg" width="450" height="338" />
<br />
　↑↓河口湖猿まわし劇場園内にもキレイなもみじがあり、色づきます。

<img alt="紅葉まつり５" src="http://www.fuji-osaru.com/images/p/event/koyofestival2011/koyofestival5.jpg" width="450" height="338" /><br /><br />

<h3 class="h3-1">現在のもみじ回廊紅葉情報</h3>
　<a href="http://www.fuji-osaru.com/event/koyofestival2011bro/">現在のもみじ回廊紅葉情報</a><br />
]]>
        
    </content>
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    <title>第十九話　教育の壁</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fuji-osaru.com/choromatsu/choromatsustory19/" />
    <id>tag:www.fuji-osaru.com,2011://1.129</id>

    <published>2011-09-29T19:51:46Z</published>
    <updated>2011-09-29T21:08:26Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第十九話。更新日：2011年9月30日</summary>
    <author>
        <name>eweb</name>
        
    </author>
    
        <category term="チョロ松物語" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fuji-osaru.com/">
        <![CDATA[　1988年6月下旬、2週間の教育実習を母校である浅江中学校で行う。その間、チョロ松は周防猿まわしの会本社の猿小屋で幼馴染のお猿さんたちとしばしの休息をとることができた。仲間のお猿さんたちと旧交を温める喜びにチョロ松は生き生きとしており教育実習で相方の私が居ないことなど全く気にしていなかった。とはいえ実習終了翌日には都内でのイベント出演もありその間もチョロ松との稽古等は欠かせなかった。早朝の稽古は１．５キロから２キロの基本的な散歩を、夕方は小劇場で舞台内容の反復稽古を行った。<br /><br />
 
教育実習の指導を担当してくださったのは体育教師でもある山村進先生である。先生は陸上競技の指導者として幾多の人材を育成し世界の檜舞台でも活躍する選手を育てられたが、そんな素振りを一切感じさせない謙虚な方であった。山村先生が担任される１年１組を、授業は1年生?3年生をすべて担当させてもらった。初日早々山村先生から「村崎くん、今から３年生の授業があるから思うようにまずはやってみたらいい」と言われ驚いたが、威勢よくグラウンドに出て行くと生徒達はウォーミングアップをしていた。私たちの時代と変わらず授業の始まりは200ｍのグラウンドで体育委員を先頭に3周走るのだが、先頭から最後尾までまったくそろっていないバラバラの状態であった。その状態にいてもたってもおられず生徒達に即集合をかけ長々と説教を始めた。まだ、生徒のことを誰一人として知らないうちから自分の考えや思いをぶつけてしまい、完全に生徒は私に対して拒否反応をしめして心を閉ざしてしまったような気がするがそんなことにも気付かず突っ走った。担当だった1年1組のある女子生徒の存在が目に付いた。まだ1年生であるが大人に対して斜に構えてまっすぐに見ず私に対しても常に反抗的に接してきた。結局最後まで私はその女子生徒に対して何も対応しきれなかった。しかし野球部の指導に加わったときだけはわたしの様子を見て関心をもって質問してくる生徒もいて少しだけ自分らしさを伝えられたのではないかと思う。<br /><br />
 
教師として生徒の前に立ってみるまではわからなかったが、実習に行ってみて思ったことは、様々な個性をもった生徒もいれば私には予想のつかない複雑な環境の中で育ってきた生徒もいる。そんな多種多様な生徒たちに何の信頼関係も築けてない私が生徒に接してしまうと生徒たちは心を閉ざしてしまう。私の描いた教師像は自分の考えや生き方をいい意味で押し付ける先生であったから、教師と生徒の信頼関係を2週間で築くことはできず時間だけはあっという間に過ぎていった。40数名の生徒ぐらい束ねることなど、なんていうことはないだろうという安易な考えはもろくも崩されていった。それもそのはずで、私も調教師とは言えまだまだ2年半足らずの未熟な見習い調教師であったと思う。今あらためて当時を振り返ると調教師としての課題そのものが教育実習の現場でもでたような気がする。生徒の気持ちは二の次で力で押さえつけようとしていた。それがまさに自分が越なくてはならない課題であったのに、その当時は教育実習での難しさや違和感を、「自分が求めていたのとは違うな？」とか「経験してみて自分には向いていないな？」と軽く受け止めてしまうことしかできないおめでたい人間だったと思う。<br /><br />
　
　そして今だから正直に言えることがある。私は中学時代の恩師富永先生に出会い、あこがれ、教師になりたいと思った。その気持ちを決定的にしたのは高校時代の野球部での出来事だった。高校2年の冬、ベースランニング中突然腰に激痛が走り左足が利かなくなり選手生命が絶たれた。その後、キャプテンを任されていることもあり野球部に残ったが、練習も出来ず煮え切らない中途半端な私だったので部員達に迷惑を掛けてしまった。その思いを払拭するためにも今度は指導者としてグラウンドに立ちたいという一心で教師を目指していた。実際、教育実習で一番充実していたのは野球部を任された時であった。教師になりたかったのではなく野球部の監督になりたかっただけかもしれない。<br /><br />
 
　今から15年前に周防猿まわしの会の芸能部長という調教師をまとめる大役を任されながら10年以上焦点の定まらない仕事を続けてきた。そんな私を見兼ねて現周防猿まわしの会最高責任者である長男の與一兄貴から「五郎、お前が育てる高校野球部はどこにあるのか？素晴らしい芸人達に恵まれながらお前はどこを見ている。周防猿まわしの会の調教師集団を育てる仕事こそ、やりがいのある監督業はないぞ。」私も40歳を迎えようとしていた頃だったと思うが、自分の活躍できるステージに気付くことができた。約20年近くかかり、「教えることは学ぶことから始まる」という與一兄貴の言葉、噛みしめながら今は辛いことも苦しいことも「お猿さんに学ぶ」「若手調教師から学ぶ」「お客様から学ぶ」姿勢を自然体で楽しめているのではないかと思っている。親父の「猿一頭調教できないやつに人間の教育ができるわけがない」という言葉があらためて胸に響く。<br /><br />

　教育実習が終わった時に気持ちの整理がついたのかもしれない。翌日に行われるイベントに出演するために、開催場所の東京都大田区に向けチョロ松とともに出発した。900キロの長旅であったが、晴れやかな気持ちでふるさとを後にした。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory19/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第十八話　人生の岐路</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fuji-osaru.com/choromatsu/choromatsustory18/" />
    <id>tag:www.fuji-osaru.com,2011://1.128</id>

    <published>2011-08-31T04:18:47Z</published>
    <updated>2011-08-31T04:23:31Z</updated>

    <summary>チョロ松物語　第十八話。更新日：2011年8月31日</summary>
    <author>
        <name>eweb</name>
        
    </author>
    
        <category term="チョロ松物語" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[　1988年6月は本当にめまぐるしいひと月になった。地方のイベント出演をこなす多忙なスケジュールの中、上旬に阿蘇猿まわし劇場の起工式に出席、中旬にはSONYウォークマンCM第二弾「草原編」の撮影で北海道静内町へ遠征し、そして下旬にかけては自分の人生を左右するであろう教育実習を受けるために母校である山口県光市立浅江中学校の門を久しぶりにくぐった。<br /><br />


　私には教員になるという夢があった。そのきっかけとなったのは、私が浅江中学校2年生の時に赴任してきた富永泰寿先生（当時30歳）だった。先生の第一印象としては今の時代には考えられないようなスパルタを絵に描いたような『怖い』『危険』という言葉がぴったり当てはまるような先生であった。私が部活で在籍した野球部の顧問でもあり野球の面白さ厳しさをスポーツ全般を通じて教わった。部活以外でも生徒に一生懸命向き合うひたむきさ、どんな困難にもあきらめない姿勢、富永泰寿という人物を知れば知るほど私は先生の人柄、魅力にひかれていき、中学２年生の夏、先生と同じ日本体育大学に進学して教師を目指し、いつか先生のような指導者になりたいとう思いを抱くようになった。<br /><br />


　それまでの夢は・・・・。小学校２年の時に親父にグローブをプレゼントしてもらったのがきっかけで野球をはじめてからは明けても暮れても野球というぐらい勉強もせず野球と遊びに没頭していた。そして、小学校4年の時にテレビ中継で、中日ドラゴンズの「星野仙一（現楽天ゴールデンイーグルス監督）選手」を見てファンになり以来今でも星野監督が指揮を執る球団を常に応援している。さらに、小学校5年の時にNHKの中継で見た夏の高校野球大会での神奈川県代表、東海大相模高校の「原辰徳（現読売ジャイアンツ監督）選手」に憧れていつしかプロ野球選手になりたいという世間一般の子供と同じような夢を持っていた。 野球選手から、教育者へ、夢は孤を描いて変化していった。     夢と希望に満ちあふれてのぞむ教育実習でありながらその気持ちとは裏腹に複雑な心境があったことも間違いない。この時点までは間違いなく教員になることがひとつの目標であり、それを実現するには大学卒業後チョロ松とのパートナーを解消しなければならない。このまま猿まわしの後継者として進むのか、教員の道を目指すのか。どちらの人生を選択するのか。仕事と学生生活の狭間で本当に迷いながら教育実習へ挑むことになる。  チョロ松と共に中央道、中国道を走って山口に向かった。<br /><br />

提供：<a href="http://www.suo.co.jp/25essay/choromatsustory18/">周防猿まわしの会</a>]]>
        
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